独自の死生観を持つエジプトのお葬式とは

エジプトの葬儀

エジプトのカイロの郊外には、「死者の町」と呼ばれる不思議な町があります。
大小様々な家が立ち並び、ちゃんと道も縦横に通っているのですが、人影はほとんどありません。
「死者の町」にある家に見えるものは、大小様々な廟であり、その内側は生きている人間が生活する家と同じく、居間はキッチン、洗面所等も完備されているところもあります。

エジプト人のほとんどが敬虔なイスラム教徒で、日々厳しい戒律に従って定められたように生活しています。
メッカの方向に向いて行う礼拝は、1日5回欠かさず行われますし、断食の時期には飲食はもちろん、唾でさえ飲み込むことを禁じられています。

そんなイスラム教の教えでは、葬儀や墓は質素であるべきですが、その教えに従って、多くのイスラム教徒が遺体を布でくるんで棺に収めて質素な墓に埋葬するだけで済ましています。

一方で、一部の資産家の中には、「死者の町」のように豪華な墓を立てています。
その理由とは、古代エジプトの時代から、彼らが引き継いできた死後の世界への想いがあるからとも考えられています。

エジプトの死生観

古代エジプトの人々が持っていた死生観とはどのようなものでしょうか。
古代エジプトとは、紀元前約3000年から紀元前約300年までの、およそ3000年続いた時代を言いますが、人々は多神教を敬い、現人神であるファラオ、つまり「王」が社会の頂点に君臨していました。
古代エジプトの人々にとって、人生で最も大事なことは「再生復活」、つまり、死んだ後はあの世で再び生き返り、永遠の生を受けるという思想がありました。

この世で悪いことをしないで過ごし、死後、また生まれ返ったあの世ではすべての欲望を満たしたいと願ったのです。
古代エジプトでミイラ作りが盛んだった背景には、このような理由がある為です。
肉体の形を残しておくことで、魂がその体に戻って宿り、死んだ後も、この世の人に会うことができると考えられていました。

ミイラの包帯の中には、「死者の書」といわれるものが入れられ、死後に迎えるであろう様々な障害や審判を乗り越え、無事に楽園に到着するようにとの願いが込められました。
つまり、あの世へ無事に辿り着くためのガイドブックといったところでしょうか。
死後の世界を信じた古代エジプトの人々は、社会的な地位に合わせて、死者の為の家を建てたり、墓の中に生前使用していた家具や化粧道具、玩具等の生活用品を入れました。

他にも、肉やパン、ワイン等の本物の食べ物も供えました。
これは、永遠に生き続ける為には食料や飲み物も必要になるという考えに基づくものです。
このように、古代エジプト人は死後の世界を重んじていましたが、死後の世界を信じているという点では、現在のエジプト人も同じと言えるでしょう。