通い婚

通い婚の歴史

現代、スタンダードな法律婚と違い、古代から平安時代までは通い婚が一般的でした。
現在の法律婚は、明治時代からの風習で、昔からあったわけではありません。そもそも明治時代前には、身分の差、国籍の差が非常に重かったために、結婚の自由が認められておりませんでした。

法律婚と違い、通い婚は、古代から平安時代まであった結婚の形です。古代の結婚に対する認識は、今のように法律がなく、恋愛と結婚の境目がない状態でした。
そして平安時代になると、様々な書籍が現在にまで残るようになったため、よりその時代の結婚に対する認識などがわかるようになりました。
その最たる物が、平安時代中期に成立した日本の長編物語。紫式部の執筆した「源氏物語」だと思います。

源氏物語では、主人公の光源氏が、理想の女性を求めて、様々な人と付き合っていく姿が描かれています。
そこで度々登場するのが、光源氏が女性の実家に何度も会いに行く姿です。
この時代の貴族は、光源氏のように、愛している女性の実家に行き、愛を育む「通い婚」を重ね、最終的には、同居するのが一般的でした。

男性には、魅力的な通い婚姻ですが、女性の立場からすると、とても大変だったと思います。
男性側は、会いたい時に会いに行く事ができるので、ある意味、自分のさじ加減ひとつで恋愛を行う事ができますが、女性の側からは、男性に会いに行くことはできませんでした。
夫が逢いに来てくれなければ、女性側はひたすら待つことしかできません。どんなに思いを馳せていても、男性が逢いに来てくれなくなってしまうと、即離婚になってしまいます。
男性側が、色々な所で愛人を作ってしまっても、女性の側からすると、止める術を持たなかったようです。

通い婚が一般的になった事で、女性が受け身になってしまったことで、女性の地位は、著しく低下していきます。
現在の男女平等という風潮の中でも、女性が働きにくい社会と言われていますが、平安時代に通い婚が一般的だった頃は、現代とは比べ物にならないくらい、女性は大変な立場だった事が伺えます。

現代版 通い婚

現代では、女性の社会的地位の向上から、家庭に入らずに、仕事を持つ独立した女性が増えています。
それに合わせ、結婚の形態も、これまでとは、徐々に変わり始めています。
以前は考えられなかった熟年離婚も、現代では当たり前になりましたり、住居を完全に別に持った状態で結婚する「別居婚」などの形態で、結婚生活を送っている夫婦も多くいらっしゃいます。

現代版の通い婚は、夫婦が同居せずに、夫、もしくは妻が、時々相手の住居に会いに行き、そのまま数日の間、一緒に過ごす形式の結婚です。
仕事が多い平日はさけ、週末のみ会う事が多いため、別名「週末婚」とも言われています。

時代に合わせて、男女の恋愛の形は変わってきます。
これまでのように、家庭に重点をおかずに、個人の生活を尊重するような生活を選ぶ夫婦が増えてきています。
世の中の景気などもかかわってくる問題です。
個人個人が、流されることなく、しっかりとした意思を持ち、夫婦にあった形式を選択してください。