兵庫県で行われている「坂越の嫁入り」とは

坂越の嫁入りとは

赤穂の塩を運ぶ拠点として明治まで栄えた瀬戸内海の港町・坂越(さこし)には、今も伝統的な古い街並みが残されています。
この坂越では、昔ながらの嫁入りが昭和初期頃まで行われていました。
実は、この伝統の婚礼儀式が、有志による町の行事「坂越の嫁入り」として、平成26年から再現されています。
地域の氏神様での神前挙式、港町ならではの三三九度を行い、花嫁が潮騒の中、提灯行列に導かれて嫁いで行く「坂越の嫁入り」とはどのように行われるのでしょうか。

坂越の歴史

坂越は、兵庫県赤穂市東部の坂越湾に面した港町です。
坂越にある大避(おおさけ)神社は、宝珠山麓にある神社であり、大避神社のおおもとは、京都市右京区の大酒神社となります。
この神社は、秦河勝(はたのかわかつ)が造立した広隆寺に隣接していて、秦氏の本拠地である山背国葛野郡太秦にあります。

坂越は、都市景観大賞にも選定された伝統的な建造物による古い町並みと、瀬戸内海国立公園の特別保護地区、国の天然記念物である生島樹林を囲むように広がる坂越湾の美しい眺望で知られています。
坂越湾に浮かぶ周囲1.63kmの生島樹林は、古来より大避神社の神地として樹木の伐採を禁じられていて、原始の状態が保たれてきました。
生島端山頂には、直径約20mの生島古墳があり、大避神社の祭神である秦河勝の墓があります。

坂越には、四季折々の貴重な伝統行事や祭礼、伝統芸能等も数多く保存・伝承されており、「坂越の船祭り」は国の重要無形民俗文化財に指定されています。

提灯が幻想的な結婚式「坂越の嫁入り」

坂越の嫁入りは、「迎え提灯」とも呼ばれる提灯の幻想的な明かりの中で執り行われるのが習わしとなっています。
かつて、余所の地から嫁いできた女性たちは、高低差の激しい道を歩いて、船に揺られてこの港町へやってきました。
「中宿」と呼ばれる施設で休憩をして、日が沈む頃にあらためて出発するのですが、この出立ちの時には、「蝶よナーヨー 花よとヨー 育てた娘 今日はナーヨー、他人のヨー オヤ手に渡すナーエー」という長持ち唄が歌われます。

赤穂市坂越地区の、坂の上にある歴史深い大避神社でおごそかに挙式が行われた後に、仲人の提灯に先導されながら、坂越浦を望みながら町並みを歩く花嫁道中は花婿家に向かいます。
花婿は家の前で提灯を灯して花嫁を待ちます。

多くの人が見守る前で、昔ながらの三三九度が行われます。
結びの盃でもある三三九度は、「おさかなここに」という港町ならではの掛け声と共に、小さな子供たちによって酌が行われます。
このお酒をつぐ役目は、10歳くらいまでの親戚の子供たちに任されることが多く、大役を任された緊張感や晴れがましさ、美しい着物を着られる楽しみ等を感じたことでしょう。